2006年12月31日

麦の穂をゆらす風

「何のために戦うか」

物事を始めるとき、最初は少人数だし、しっかりとした大義がある。
皆が何のために戦うかを共有している。

しかし、それが大きな組織になり、「何のために」がボケてくる。
細部にまで配慮が行き届かなくなり、「組織を維持するため」の戦いに変貌
してくる。ときには、組織を維持するために、本当は大切にしなければなら
ないものまでも自らの手で失うことにもなる。

戦いばかりではない。「何のために」という問いは僕たちの行い全てにつき
まとう問題だ。
もし、それに答えられなくなったとき、その行いは見直すところに来ていると
言うことなんだと思う。
posted by nob at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画って〜その1

「映画はな、現実に潜むドラマを見逃すな!感動を見逃すな!
そのための仮想現実として、感受性を磨く道具なんだ」
   〜テレキネシス「シェナンドー河」より


映画って何で存在するんだろう?ただの現実逃避のものなのだろうか?

確かに中身のない現実逃避に走っている映画もたくさんある。
そんな映画だって売れるときは売れる。
僕たちは現実逃避の手段として、ただ消費しているだけになっている。

でも、そんな映画ばかりではない。
そもそも現実には映画に負けない感動するドラマは至る所に潜んでいる。
ところが、そのドラマに気づくには感受性を磨く必要がある。
素晴らしい映画は、そういう感受性を刺激してくれる。
映画を観て感動し、そこで刺激された感受性を持って現実に感動する。
そんな風に僕らの人生を豊かにしてくれる。

ところで、今年映画館で観た映画のマイベスト3<邦画編>
1.フラガール
2.ゆれる
3.さよならCOLOR

これら3本は間違いなく僕の感受性を刺激してくれた。
これらの映画を観て、僕が何に気づくか。それは僕次第だけど、きっと何かを
得ているんだと思う。
最近お手軽映画が増えている気もするけど、僕らの感受性を刺激してくれる
映画に来年もまた出会いたい。
posted by nob at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月30日

地道

「オレさ、勝負かかってるとからっきし度胸ねえの。
でもペダル地道に踏んでるとさ、苦しさがどっかいっちゃう。
勝負なんかどーでもいいかなあって思うと、登る苦しさも
楽しくなるんだよな〜!」
        〜テレキネシス「シェーン」より


大事なときこそ地道に進むのが大切。
度胸、気合だけで、物事を乗り越えられるわけではない。
度胸や気合は、基盤がある程度整っているときに、役立つものだ。

一つ思い出すことがある。
今年のGWに北海道を旅していたときのこと。
屈斜路湖から摩周湖までの道をMTBで走った。
きつい坂がずっと続き、心が折れそうになった。
別に勝負事ではなかったし、引き返そうかとも思ったほどだ。
でも、自分に負けたくはなかった。
だから、ひたすらペダルを漕ぎ続けた。
途中、何度か降りてしまったけど、気がつくとかなり高い所まで達していた。
自分が頑張ってきたことを実感して、新たな力が湧いてきた。
そして、摩周湖にたどり着いたときの達成感、あれは忘れられない思い出だ。

2007年もいろいろなことが待っていると思う。
当然苦しいこと、嫌なこともあるはずだ。
そういう苦しいときにこそ、足元をしっかり、地道に進んでいこう。
そうすれば、きっと物事が上手く進んでくれると信じて。
posted by nob at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月29日

2007年は・・・

今年はあまり写真を撮る機会がなかった気がする。
「ちょくちょく」は撮ったけど、「ちゃんと」は撮らなかった。

先日、送られてきた写真雑誌を読んでいて、「ちゃんと」写真を撮って見たく
なった。2007年は「ちゃんと」写真を撮る!

まずは1月中に写真教室に通うかな。
posted by nob at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月28日

仕事納め

2006年最後の出勤日だった。
そこで仕事面のこの1年を振り返ってみた。

この1年を一言で表すと、「振り回された」だったかな。
本当にこの1年はとある人に振り回された。
それは仕事のスタイルに問題があった。
顧客との折衝は、その人がほぼ単独でおこなっていた。
したがって僕らはその内容を又聞きするのみ。
しかも、その人は文書を残さないから、話が時とともに変わることもしばしば。
その辺の「ずれ」はある一定レベルを超えると、余計な問題を生み出す。
そしてその問題にも時間をとられて、ますます泥沼に嵌っていった。

しかし、僕らにも反転のチャンスが訪れた。
その人が外れてくれた。最初は、顧客との折衝でマイナスになるかと思い、
心配した。ところが、プラスの面が大きかった。
今までその人が単独でやってきたことを、当事者が共同でおこなうように
したら、これがなかなか良い。
顧客との折衝も僕たちが直接おこなっているから、伝言ゲームでの弊害も
なくなった。それに僕たちは文書を残す。だから、時とともに話が変わる
こともない。

来年はこの流れをしっかり定着させて、地に足のついた仕事をしていきたい。
自分も納得して、お客さんも納得してくれる、そんな仕事が出来たら、きっと
有意義な1年になると思う。
posted by nob at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月27日

2006年レッドセンター旅日記〜 その35 成田へ

飛行機は機材の到着が遅れたそうで、30分ほど遅れての案内だった。
欠航になるよりはずっとマシだから、このくらいのことは大したことではない。

今回の席は、客室乗務員の仮眠室の隣。座席はガタガタ言っている。
どう見ても機材は古い(このあとメルボルン便の機材が新しくなった)。
3列の左側で真ん中が空いていたのだけど、右側の人にあっという間に
占領されてしまう。僕には図々しさが欠けているようだ。

帰りの飛行機はいつものことだけど、つまらない。
何て言ったって、帰る先は「現実」。
カンタス航空は食事が美味しいわけでもないから、食べる楽しみもない。
昼便だから眠くならないから、なかなか時間は過ぎていかない。

そこで、機内映画を観ることにした。
上映されたのは3本。「X-MEN」と「M-I:V」、「ナチョ」。
「X-MEN」はそれまでの作品を知らないんで、よく分からないし、面白くなかった
ので、途中で止めてしまった。「M-I:V」は飽きさせない内容だったから、それ
なりに楽しめた。「ナチョ」はここを参照

映画の合間には、ショートコメディもあった。
日本代表は「欽ちゃんの仮装大賞」のハイライト。
あとは、カナダのテレビ局のドッキリ。これは観ていて腹立ったね。
テレビだからってやりすぎだろって内容のものばかりで、どうにも受け入れ難い
ものだった。

結局、ずっと何かしらを観賞していながら、成田に到着して、旅が終わった。
成田からの話はこの辺りを参照
posted by nob at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 2006レッドセンター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月26日

2006年レッドセンター旅日記〜 その34 お別れ

9月18日

きちんと5時半に起床。
荷物を車に詰め、飲みかけのコーヒーを持って、車に乗り込んだ。
メルボルンの朝は結構暖かい。ずっと寒い朝ばかりだったから、何だか異様
な感じがする。

空港への道のりは順調。実は翌日は、この道のトンネルで停電があって、6時
間通行止めになったそうだ。1日ずれてくれて助かった。

空港へは6時半前に着いてしまった。
チェックインは6時半開始だったので、免税店をフラフラして時間を待った。

チェックインをしてからは、まずはマックで朝食。
ここはJohnが奢ってくれた。
その後、お土産購入タイム。
まずは、会社用に大量にTimTamを買い込んだ。
それから、その他雑貨を購入。Johnは僕への土産としてTシャツを買ってくれ
た。ありがたいね。ちなみにこのTシャツ最近良く着てます。

一応一通り買い物したところで、Johnともお別れして、出国審査に向かった。
ここもあっさり通過して、やり残したことは一つだけ。切手を買うこと。
旅行中、手紙は書いたのだけど、切手を買おうとすると売ってなくて、ここ
まで引っ張ってしまった。もうこれ以上、引き伸ばせないから、しっかりと
買った。ただ、この店のおばさん、日本への料金を勘違いしているのか
高いものを買わされた。まあ、エジプトでぼられたよりはましか。

無事に投函して、さらに残ったキャッシュでお土産を物色して、飛行機を
待つことにした。
(続く)
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2006年12月25日

2006年レッドセンター旅日記〜 その33 それぞれの場所へ

John父の家を出ると、来た道とは違う道を進む。
しばらくすると、とある家の裏に着いた。
僕の覚えている限り、Johnの家ではない。はて?

その家に着くと、2人の子供は大きな荷物を取り出した。
その家はお母さんの家だそうだ。
うん?ということは?そう、Johnは離婚していて、週末だけ子供と一緒に
過ごしていたのだ。
僕も一応お母さん(Johnの元妻)に挨拶してから2人の子供と別れた。

子供と別れてからのJohnはかなりしょんぼりしていた。
それまでのテンションと明らかに違う。
やっぱり寂しいんだろうなぁ。
帰りの車の中で、この件に関していろいろと話していた。
離婚してもお互い近くに住んでいるから、今もいい関係でいるようだ。
子供のためにもそのままの関係を続けて欲しいと思った。

家に帰ってからは、Johnがインドやネパール、エベレストを旅したときの
写真を見せてもらった。強烈な印象の写真が多かった。
何が強烈かと言うと、文化的なもの。欧米にはもちろんないし、日本にも
ないけど、力強いものがあるなぁと感じた。
僕もwebで公開しているグランドサークルを旅したときのアルバムを紹介
した。
(ちなみにこのとき日本ハムの試合をチェックしました。僕が旅行中1回しか
負けてない。しかもこの日はサヨナラ勝ち。嬉しい)

そんなことをしているうちに、夜も遅くなってきた。
翌朝の僕の便は9時半発。ということは7時半までにチェックインしなくては
ならない。しかも、Johnは張り切って、6時半までに空港に連れて行くと
言う。ということは、5時半に家を出ると言うことだ。

シャワーを浴びて、さっさと寝ることにした。
(続く)
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2006年12月24日

2006年レッドセンター旅日記〜 その32 John父誕生日

Johnの家にはチャイナタウンから車で1時間弱だった。
結構こじんまりした家。と言っても、日本では十分な広さだと思う。
何しろ普段は一人暮らししている家だから(このときは知らなかった)。

壁にはいろんなところを旅したときの写真が飾られている。
当然エジプトのときの写真もあった。
また、ガイドブックの数もすごい。
「よくもまあこんだけ旅したなぁ」と感心してしまった。

家では、子供たちが誕生日カードを作り始めた。
この日は、Johnのお父さんの誕生日なのだ。
で、これからお父さんの家に向かう準備として、パソコンでカードを
作り始めたのだ。「ずいぶんギリギリに作るんだなぁ」と思ったけど、
これも訳があったのだ。それについてはまたのときに。

誕生日カードの準備が終わると、John父宅へ。
もう既にお祝いは始まっている。
Johnのお姉さんとそのご主人、それからJohnのお母さんがケーキを食べ
ながら、話しているところだった。
突然、僕みたいな外者が受け入れられるか心配だったけど、すんなりと
受け入れてもらえた。
今回旅してきたことや去年のエジプトのことを話して、僕もケーキを食べ
紅茶をもらった。
みんなオープンな人たちで良かった。
かなり緊張していたんだけど、気苦労で終わってくれてホッとした。

このとき、みんなで観たテレビが印象的だった。
1本目の番組が、ブルームから東に向けて、馬で旅するというもののハイライト。
そして、2本目がニューギニアの奥地に探検していくと言うもの。
どちらも見ごたえ十分だった。余計な演出らしきものは感じられず、純粋に
冒険を楽しめるもの。しかも、言葉が分からなくても十分に楽しめるもの。

2本目の番組が終わったところで、お別れして失礼することになった。
(続く)
posted by nob at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 2006レッドセンター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年レッドセンター旅日記〜 その31 チャイナタウン

Johnは2人の子供を連れて迎えに来てくれた。
子供の話は事前に聞いていなかったから、お土産の数が不安になる。
荷物を待っている間に、かばんの中を漁って、予備に買っておいた扇子を
2個発見。荷物が出てくると、何気ない顔して、2人の子供に扇子をプレゼ
ントしてみた。下の子供Cheille(綴りは自信ない)は学校で日本語を勉強
しているとのこと。ただ、「ありがとう」と「おはようございます」を混同
しているようで、僕が扇子を渡したとき、「おはようございます」が出て
来てしまっていた。とは言うものの、その後は一生懸命覚えてきた日本語で
「私は今日7時に起きました」と言っていたから、大したものだと思った。

空港からはチャイナタウンへ。
これは僕が以前から希望していたこと。
前にもブログで書いたけど、メルボルンのチャイナタウンのエッグタルトは
僕の中で世界一だ。
だから、Johnから事前にどこに行きたいかと聞かれて、真っ先に「チャイナ
タウン」と答えていたのだ。

そんな訳で向かったチャイナタウンだから、着いて早々、その店に行った。
ありがたいことに、何も変わらず存在していた。
20セントほど値上げしていたような気もするけど、物価が高騰している
オーストラリアでは大したことではない。
味も変わっていなかった。こういうものはずっと変わらないで欲しいね。

次に僕たちは食事するところを探した。
僕は何でも来いの状態だったから、JohnのおすすめのShark Finnに行くこと
に。ここは以前僕も来たことがあって、お気に入りのところ。けど、ちょうど
休憩時間で再開まで1時間以上あった。
そこで、ぶらぶらしているうちに見つけた店に入った。
チャイナタウンだったら、適当に入ってもある程度の味は保証されるから
安心できる。
1週間ぶりの本格的なご飯もの。美味しい!やっぱり自分はアジア人なんだと
つくづく思い知らされた。アジアの食文化は素晴らしいよ。

腹も満たされ、僕たちはJohnの家に向かった。
(続く)
posted by nob at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 2006レッドセンター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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