2008年01月22日

中米の旅 〜 その27 マナグア空港へ

Hotel Ritzoから空港へ送迎してもらうことになっていたが、予定の時間に
車が出払っていた。
そこでしばらく待つことに。
このしばらくは結構続いた。
もうそろそろ、やばいかもと思った頃、車が帰ってきた。

すぐに出発。
中米の首都はみんな同じだそうだけど、ここも渋滞。
運転手さんは頑張って、追い抜きを繰り返してくれる。
なかなか腕はよいようだ。

そんな甲斐があって、空港には出発2時間前ピッタシに到着。
急いでカウンターに並んだけど、ちょうど混み始めた時だった。
待っている間に出国カードを書いた。
ニカラグアもチェックインのときに出国カードを出す必要があるから。

無事チェックインが回って来たが、残念ながら通路側の席は取れず・・・。
ついでに、出発が2時間遅れと言われた。
まあ、マイアミでの乗り継ぎに4時間取っておいたから、特には問題ないかな。
(続く)
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2008年01月15日

道を作るんなら、腕組みをしているだけじゃ駄目だ。

何が必要かを考えなければならない。
必要なものを集めてこなければならない。
体を動かさなければならない。
そして道が出来ていく。

そう、立ち止まっているだけじゃ、何も始まらないんだ。
動かなくちゃ。もう時計は動き出したんだから。
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2008年01月13日

中東の笛

ここのところよく耳にしていた「中東の笛」。

先日、そのシーンをテレビで見た。
すぐに怒りが込み上げて来た。
悔し泣きをする選手の無念さが伝わってきて、苦しかった。

そもそもスポーツはルールに則ってやるもの。
それが、それぞれのスポーツの存在を支えている。
また、ルールがあるからこそ、明確な目標ができるし、楽しみも生まれる。

なのに、大一番の試合でルールがなくなる。
もしくはオイルマネーで歪められたと言った方が正確かもしれない。
選手達は何を信じて戦えばいいのかが分からなくなる。
それまでの苦しい練習の積み重ねが、何か分からないものに覆される。
これでは、悔しさや無念さの気持ちのやり場すらない。
あの涙は行き場のない涙だったと思う。
行き場のない悔しさほど悔しいものはない。

今までハンドボールには興味がなかった。
周りでやっている人もいないし、観る機会もなかったから。
だけど、今回の騒動で興味を持った。
にわかかもしれないけど、「応援したい」と思った。
そして、あの悔しい涙が喜びの涙に変わるところを観たいと思った。
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2008年01月12日

箱根駅伝

箱根駅伝では、3校が途中棄権した。
体に異常を起こしてしまったランナーを見るのは辛かった。

彼らは恐らくとても大きなプレッシャーと戦っていた。
それもとても長い間。
そして当日・・・
きっとスタート前から体は異常を感じていたと思う。
でも、選手はそれを信じたくなかっただろうし、それでも乗り越える
気持ちで走り始めたんだろう。
でも・・・

選手の苦悩は倒れたときよりも、その後の方が長いと思う。
何日も何日も考えたくなくても、それしか考えられないときを過ごしている
んだと思う。
もしかしたら、走ることすら怖くなっているかもしれない。

僕もテニスの試合で悔しい負け方をすると、「何であのポイントを取れなかった」
とくよくよ考えてしまう方だ。
そんな夜は眠れないし、しばらく考えてしまう。
でも、駅伝選手の苦労は、僕なんかの比にはならないものだ。
選手に選ばれるためにも、そのあと、結果を残すためにも、多くの苦境を
乗り越えなければならない。
きれい事だけの世界ではないかもしれない。

だから、その苦しみの深さも半端ではないと思う。
何とかその苦しみを乗り越えて、またテレビに映るような活躍をして欲しい。
別に、ランナーとしてでなくてもいい。
どこかの地で活躍してくれたら嬉しい。

今回の箱根駅伝は、見ていて本当に辛かった。
また、そんな彼らの気持ちを分からない無責任な実況をしているレポーターに
腹が立った。
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2008年01月10日

中米の旅 番外編C価値観

エジプトを旅したときもそうだった。
価値観が壊された。

今までは、何だかんだ言っても、楽して旅できるところが多かった。
欧米的なものは、身近な存在だけに安心できる。
たとえ、ちょっと危ないものでも、その危なさを想像できる。

でも、世の中はそれだけじゃない。
今まで目にしてこなかった世界があった。
自分としては知っていたつもりの世界だけど、何も知らないに等しかった。
そこでは、僕たちの考えている価値観は簡単に壊される。
そして、この世界は、実は多数派なんだ。

そこは楽ではない世界だけど、希望もあった。
知ったからには、この先もしっかりと目を向けて行きたい。
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2008年01月09日

郵便屋さん

コスタリカで預かった手紙をやっと届けられた。
船便並みだなあ。随分、時間が掛かってしまった。
でも、確実に渡しました。

海を越えて気持ちが伝われば、郵便屋さんとしてはうれしいよ。

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2008年01月08日

備忘録

最近、うっかり忘れかけていたこと。

@僕らの仕事に障害はつきもの
A障害は障害だから、いつ起きるか予測が難しい
Bリカバリに許される時間は限られている
Cさまざまな選択肢を用意しておく
D何といっても冷静に

今回は違ったけど、いつ自分の身に降りかかるかは分からない。
今のうちに、もう一度心に留めなおしておこう。
特に、CとD。
ふー。
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兄弟

コミュニケーション続きで。

年明けに、弟が一時帰国した。
留学先のインドネシアから。

小さい頃は、よく喧嘩した。
弟の泣き顔はよく覚えている。
そりゃ、年の差は体格の差だから、泣かしちゃうんだよね。

その後、中学、高校と進むにつれ、段々会話が少なくなった。
大学に入ると、生活パターンが重ならないことが多くなったから、顔を
合わす機会もかなり少なかった気がする。

ところが、最近はよく会話する。
弟がときどき旅をするようになってから、少し増えた。
もともと僕は旅好きだったから、段々共通項が増えた。
そして、弟が留学して、一時帰国すると、結構話が弾むようになった。
僕も最近、新興経済国と言われる地域や、発展途上国を回ったことで
それぞれが感じた、その辺の価値観の違いを語ることもある。

もうすぐまた留学先に戻るけど、こういう話が出来るようになったのは
うれしいことだ。
お互いの思うところを話し合えるのは刺激になる。
それに、何だかんだ言っても、同じ血が流れている兄弟だしね。
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2008年01月07日

コミュニケーション

今年に入ってまだ1週間。
でも、いろんな人と話した。
その一つ一つは、とても印象に残るものばかり。
中身が濃かったのかなあ。

今日も帰りの電車で、元上司と話した。
僕が8年間勤める中で、2人しかいない「こういう上司になりたい」と
いう人。あの冷静な視点と論理的な思考、人の扱い方は、是非とも見習い
たいところ。
今日話した内容も、やっぱり刺激がある。
「もっと仕事をして、前に進みたい」と思えた。

また、最近連絡とってなくて、どうしているか気になっている友人にも
思いがけずに会った。
相変わらず、波乱万丈な人生を送っているけど、あの生きる姿勢には
感心するばかりだ。
ものごとを引き寄せる力を自分自身で作り出しているからなあ。

今年もこの先、いろんな人たちとコミュニケーションを取って、刺激を
受けたり、自分にない価値観を吸収したいなあ。
そういえば、先日年賀状を整理しているときに、就職活動中お世話に
なった人からも、似たようなことが書いてあった。
やっぱりそうなんだ。

うーん、年賀状を振り返ると、学ぶべき点が結構多いなあ。
取っておいてよかった。貴重な財産かも。
そして、これも人とのコミュニケーションの歴史なんだよなあ。
面白いもんだ。

(今日の反省点:あそこで言うべきでない言葉があったなあ。
受け取り手に誤解される恐れあり。こういうところは、コミュニケーションの
弊害になるから、気をつけないと)
posted by nob at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

続・ドキュメンタリーで泣いた

寝ながらちょっと冷静になって考えた。
「激流中国 5年1組小皇帝の涙」で取材できたところは、もしかして
かなりマシなところだったんじゃないだろうかと。

昔から中国の取材は難しいと聞く。
だから、テレビで映ったのは、「見せられる部分」だったのかも。

そういえば、先生がテレビを意識していたのが、ちょっと気になった。
もしカメラがなかったら、子どもが自分の意見を言う機会を与えてもらえた
のだろうか。
そう考えると・・・。
posted by nob at 06:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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