2006年12月27日

2006年レッドセンター旅日記〜 その35 成田へ

飛行機は機材の到着が遅れたそうで、30分ほど遅れての案内だった。
欠航になるよりはずっとマシだから、このくらいのことは大したことではない。

今回の席は、客室乗務員の仮眠室の隣。座席はガタガタ言っている。
どう見ても機材は古い(このあとメルボルン便の機材が新しくなった)。
3列の左側で真ん中が空いていたのだけど、右側の人にあっという間に
占領されてしまう。僕には図々しさが欠けているようだ。

帰りの飛行機はいつものことだけど、つまらない。
何て言ったって、帰る先は「現実」。
カンタス航空は食事が美味しいわけでもないから、食べる楽しみもない。
昼便だから眠くならないから、なかなか時間は過ぎていかない。

そこで、機内映画を観ることにした。
上映されたのは3本。「X-MEN」と「M-I:V」、「ナチョ」。
「X-MEN」はそれまでの作品を知らないんで、よく分からないし、面白くなかった
ので、途中で止めてしまった。「M-I:V」は飽きさせない内容だったから、それ
なりに楽しめた。「ナチョ」はここを参照

映画の合間には、ショートコメディもあった。
日本代表は「欽ちゃんの仮装大賞」のハイライト。
あとは、カナダのテレビ局のドッキリ。これは観ていて腹立ったね。
テレビだからってやりすぎだろって内容のものばかりで、どうにも受け入れ難い
ものだった。

結局、ずっと何かしらを観賞していながら、成田に到着して、旅が終わった。
成田からの話はこの辺りを参照
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2006年12月26日

2006年レッドセンター旅日記〜 その34 お別れ

9月18日

きちんと5時半に起床。
荷物を車に詰め、飲みかけのコーヒーを持って、車に乗り込んだ。
メルボルンの朝は結構暖かい。ずっと寒い朝ばかりだったから、何だか異様
な感じがする。

空港への道のりは順調。実は翌日は、この道のトンネルで停電があって、6時
間通行止めになったそうだ。1日ずれてくれて助かった。

空港へは6時半前に着いてしまった。
チェックインは6時半開始だったので、免税店をフラフラして時間を待った。

チェックインをしてからは、まずはマックで朝食。
ここはJohnが奢ってくれた。
その後、お土産購入タイム。
まずは、会社用に大量にTimTamを買い込んだ。
それから、その他雑貨を購入。Johnは僕への土産としてTシャツを買ってくれ
た。ありがたいね。ちなみにこのTシャツ最近良く着てます。

一応一通り買い物したところで、Johnともお別れして、出国審査に向かった。
ここもあっさり通過して、やり残したことは一つだけ。切手を買うこと。
旅行中、手紙は書いたのだけど、切手を買おうとすると売ってなくて、ここ
まで引っ張ってしまった。もうこれ以上、引き伸ばせないから、しっかりと
買った。ただ、この店のおばさん、日本への料金を勘違いしているのか
高いものを買わされた。まあ、エジプトでぼられたよりはましか。

無事に投函して、さらに残ったキャッシュでお土産を物色して、飛行機を
待つことにした。
(続く)
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2006年12月25日

2006年レッドセンター旅日記〜 その33 それぞれの場所へ

John父の家を出ると、来た道とは違う道を進む。
しばらくすると、とある家の裏に着いた。
僕の覚えている限り、Johnの家ではない。はて?

その家に着くと、2人の子供は大きな荷物を取り出した。
その家はお母さんの家だそうだ。
うん?ということは?そう、Johnは離婚していて、週末だけ子供と一緒に
過ごしていたのだ。
僕も一応お母さん(Johnの元妻)に挨拶してから2人の子供と別れた。

子供と別れてからのJohnはかなりしょんぼりしていた。
それまでのテンションと明らかに違う。
やっぱり寂しいんだろうなぁ。
帰りの車の中で、この件に関していろいろと話していた。
離婚してもお互い近くに住んでいるから、今もいい関係でいるようだ。
子供のためにもそのままの関係を続けて欲しいと思った。

家に帰ってからは、Johnがインドやネパール、エベレストを旅したときの
写真を見せてもらった。強烈な印象の写真が多かった。
何が強烈かと言うと、文化的なもの。欧米にはもちろんないし、日本にも
ないけど、力強いものがあるなぁと感じた。
僕もwebで公開しているグランドサークルを旅したときのアルバムを紹介
した。
(ちなみにこのとき日本ハムの試合をチェックしました。僕が旅行中1回しか
負けてない。しかもこの日はサヨナラ勝ち。嬉しい)

そんなことをしているうちに、夜も遅くなってきた。
翌朝の僕の便は9時半発。ということは7時半までにチェックインしなくては
ならない。しかも、Johnは張り切って、6時半までに空港に連れて行くと
言う。ということは、5時半に家を出ると言うことだ。

シャワーを浴びて、さっさと寝ることにした。
(続く)
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2006年12月24日

2006年レッドセンター旅日記〜 その32 John父誕生日

Johnの家にはチャイナタウンから車で1時間弱だった。
結構こじんまりした家。と言っても、日本では十分な広さだと思う。
何しろ普段は一人暮らししている家だから(このときは知らなかった)。

壁にはいろんなところを旅したときの写真が飾られている。
当然エジプトのときの写真もあった。
また、ガイドブックの数もすごい。
「よくもまあこんだけ旅したなぁ」と感心してしまった。

家では、子供たちが誕生日カードを作り始めた。
この日は、Johnのお父さんの誕生日なのだ。
で、これからお父さんの家に向かう準備として、パソコンでカードを
作り始めたのだ。「ずいぶんギリギリに作るんだなぁ」と思ったけど、
これも訳があったのだ。それについてはまたのときに。

誕生日カードの準備が終わると、John父宅へ。
もう既にお祝いは始まっている。
Johnのお姉さんとそのご主人、それからJohnのお母さんがケーキを食べ
ながら、話しているところだった。
突然、僕みたいな外者が受け入れられるか心配だったけど、すんなりと
受け入れてもらえた。
今回旅してきたことや去年のエジプトのことを話して、僕もケーキを食べ
紅茶をもらった。
みんなオープンな人たちで良かった。
かなり緊張していたんだけど、気苦労で終わってくれてホッとした。

このとき、みんなで観たテレビが印象的だった。
1本目の番組が、ブルームから東に向けて、馬で旅するというもののハイライト。
そして、2本目がニューギニアの奥地に探検していくと言うもの。
どちらも見ごたえ十分だった。余計な演出らしきものは感じられず、純粋に
冒険を楽しめるもの。しかも、言葉が分からなくても十分に楽しめるもの。

2本目の番組が終わったところで、お別れして失礼することになった。
(続く)
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2006年レッドセンター旅日記〜 その31 チャイナタウン

Johnは2人の子供を連れて迎えに来てくれた。
子供の話は事前に聞いていなかったから、お土産の数が不安になる。
荷物を待っている間に、かばんの中を漁って、予備に買っておいた扇子を
2個発見。荷物が出てくると、何気ない顔して、2人の子供に扇子をプレゼ
ントしてみた。下の子供Cheille(綴りは自信ない)は学校で日本語を勉強
しているとのこと。ただ、「ありがとう」と「おはようございます」を混同
しているようで、僕が扇子を渡したとき、「おはようございます」が出て
来てしまっていた。とは言うものの、その後は一生懸命覚えてきた日本語で
「私は今日7時に起きました」と言っていたから、大したものだと思った。

空港からはチャイナタウンへ。
これは僕が以前から希望していたこと。
前にもブログで書いたけど、メルボルンのチャイナタウンのエッグタルトは
僕の中で世界一だ。
だから、Johnから事前にどこに行きたいかと聞かれて、真っ先に「チャイナ
タウン」と答えていたのだ。

そんな訳で向かったチャイナタウンだから、着いて早々、その店に行った。
ありがたいことに、何も変わらず存在していた。
20セントほど値上げしていたような気もするけど、物価が高騰している
オーストラリアでは大したことではない。
味も変わっていなかった。こういうものはずっと変わらないで欲しいね。

次に僕たちは食事するところを探した。
僕は何でも来いの状態だったから、JohnのおすすめのShark Finnに行くこと
に。ここは以前僕も来たことがあって、お気に入りのところ。けど、ちょうど
休憩時間で再開まで1時間以上あった。
そこで、ぶらぶらしているうちに見つけた店に入った。
チャイナタウンだったら、適当に入ってもある程度の味は保証されるから
安心できる。
1週間ぶりの本格的なご飯もの。美味しい!やっぱり自分はアジア人なんだと
つくづく思い知らされた。アジアの食文化は素晴らしいよ。

腹も満たされ、僕たちはJohnの家に向かった。
(続く)
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2006年レッドセンター旅日記〜 その30 メルボルンへ

9月17日

起きると多少の二日酔いが・・・。
シャワーを浴びて、さっぱりさせる。
朝飯も食べずに空港へのバスの時間が迫ってくる。
さっさと荷物をまとめて、フロントへチェックアウトしに行った。
そしたら、この日の従業員の態度悪かったなぁ。

まあ、それはそれとして、バスを待っていると、ロバート夫妻もいた。
同じバスを申し込んだようだ。
昨晩別れた後の話などをして、空港でお別れした。

空港に着くと長蛇の列。
フライト時間まであまり余裕がなくなってきた。
しかも、僕の前で荷物が多すぎる人がいて、止まってしまう。
カウンターはまだあるんだから、空けて欲しかったなぁ。
でも、オーストラリアでそんなサービスをすることはありえないから
それを求めちゃいけない。

何とか時間ギリギリでチェックインできた。
食事をする時間もない。とりあえず、うろうろしていたら、ホバートから
ツアーに参加していたアンディーたち会った。
メルボルン経由でホバートに帰るそうだ。
僕と同じ便の乗客だ。
仲間がいると思って、機内に入ると席は遠く離れていて、話す機会は
ないままお別れになってしまった。

機内ではサンドイッチが出た。
12時間ぶりの食事!味はともかく嬉しかった。

メルボルンに着いて、空港に入ると、すぐに声がかかった。
Johnだ。約束通り迎えに来てくれた。
(続く)
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2006年12月10日

2006年レッドセンター旅日記〜 その29 ツアー5日目D

待ち合わせ場所に行ってみると、ソニアとヤンがいた。
約束の時間ピッタシ(8時)だったので、みんながいると思ったけど、いない。
言いだしっぺのToddもいない。
ソニアが店にToddで予約があるかと聞くと、ない。

とりあえず、店の前で待つことにした。
ちょっとしてジョシーがやってきた。
シャイとケリーも一旦は合流したけど、2人でどっかに行ってしまった。
僕たち4人が待ちぼうけしていると、ロバート夫妻が目の前のレストランで
食事をしていて、声を掛けてきた。
とりあえず、僕たちもそちらのレストランで待つことにした。

僕たちが席についてしばらくして・・・
いまだにメニューも水も運ばれてこない。
ソニアが「遅い」と不満を言った。
そしたら、ロバート夫妻が「オーストラリアではこれが当たり前」と言う。
ゆっくりゆっくりだそうだ。
ドイツでも日本でも考えられないことだ。お国柄なのかな。

席についてから食事にありつくのに、1時間くらいはかかったと思う。
ビンビールがやってくるのにも20分くらいかかったからなぁ。
急いでいなかったから別に問題なかったけど、結構なカルチャーショックだった。

途中からユミコが合流して7人での食事になった。
Toddは相変わらず姿を見せない。
僕たちと別れる前に、友達から電話が入っていたから、そっちに行ったのかも
知れない。
10時くらいまでその店にいた。
ロバート夫妻、ソニアとヤンはここで別れた。
ジョシーとユミコ、僕の3人はもともと行こうとしていたバーに行き、飲む
ことにした。そのバーには、ベネッサもいたので、4人で飲んだ。
ジョシーとベネッサはカナダ人。映画の話やら音楽の話をして楽しんだ。
海外の映画を見たり、洋楽を聴いていた良かった。共通の話題としてちょうど
いいからね。そのほかにもツアー中の話もした。「あのおばあちゃん、話長
過ぎ!」とか「ソニアとヤンはべたべたし過ぎ」だとかジョシーやベネッサ
は酔った勢いで結構愚痴をこぼしていた。
こういう愚痴って、万国共通みたいで何だかホッとした。

1時間くらいして、ユミコが帰ることになった。
店も閉まるようなので、残った3人で次の店を探しに行くことにした。
はしご3軒目。
最初に行こうとしたバーは、混んでいて入場待ちしなければならない。
並ぶのも疲れるので、バックパッカーズの1階がバーになっているところに
行くことにした。
ここは簡単に入れたんだけど、うるさいだけであまり楽しくない。
結局さっさと出ようと言う話になって、残っていたビールを一気飲みして
外に出た。
「もう1軒行く?」という話にもなったけど、僕とジョシーは帰ることにした。
僕は最後の店の騒音で一気に酔いが回ってしまっていた。
でも、異国の地でこれだけ気持ちよく酔っ払えて幸せだった。

宿に着くと、あっという間に寝てしまった。
あ、結局Toddは現れなかった。
(続く)
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2006年12月05日

2006年レッドセンター旅日記〜 その28 ツアー5日目C

宿に帰ってからは、まずはシャワーを浴びた。
何と言っても、まともにシャワーを浴びない日が続いていたし、いくら
乾燥していたって、あれだけ暑かったら汗も大量にかく。だから、かなり
臭っていたはずだ。

1回目のシャンプー、全く泡が立たない!指にこびりついた赤土もなかなか
落ちない。1日1日が濃い日々だったけど、体についた汚れも濃かった。

シャワーの後は気持ちよかった。体から石鹸の匂いがするのが信じられない。
ただ同時に、特別な空間から帰ってきてしまったという寂しさもあった。
石鹸の匂いは、あのときの僕にとっては、「現実」の匂いだったと思う。

シャワーを浴びてからは、大量に溜まった洗濯をした。
汚すだけ汚したし、何日も同じシャツ着ていたから、こちらも濃い汚れ物が
溜まっていた。
レセプションでお金をくずしてもらって、洗剤を買って、一気に洗濯機へ
放り込んだ。

洗濯が終わるまではプールサイドで手紙を書いたりしながら、のんびりと
していた。そして、ツアー中眺めた空を思い出しながら。

きれいになった洗濯物を持って部屋に帰ると、日本から来たワーホリの3人
組の女性がいた。翌日からブッシュキャンプに出発するようで、僕のツアー
中の話(寒さのことが中心になってしまった気がするけど)をいろいろと
質問された。そういえば、何日か前に、同じようにツアーから帰ってきた
人に僕も質問していたんだよなぁ。

その後もしばらくこの3人組と韓国から来たワーホリの人と話をした。
韓国から来た人が言っていたけど、オーストラリアでは英語を覚えるより
日本語を覚える機会の方が多いそうだ。
確かに日本人多いもんね。そして、日本人は英語話さないからね。
この3人組も、分かっているけど日本人同士で固まってしまうと悩んでいた。
でもそれって何か違うよなぁ。

あっという間に時間は過ぎていき、約束の時間になった。
(続く)
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2006年12月04日

2006年レッドセンター旅日記〜 その27 ツアー5日目B

ランチの後は、Ochre Pitsへ立ち寄った。
ここはその名の通り、黄土色の岩があるところ。
この岩をつぶして、水と混ぜるたものを、アボリジニーの儀式で体に塗って
使うそうだ。また、日焼け止めにも使えると言っていた。

Ochre Pitsを後にして、次はEllery Creekに行った。
ここには天然のプールがある。しかし、冷たい。半端じゃないほどに。
ガイドブックにも"Elley Creek Big Hole is a popular swimming hole in
summer but, as it's shaded by the high cliffs of Ellery Gorge, the
water is freezing for much of the year." と書いてあるほど。
足だけ水に浸かっただけで、"freezing" という気分になれる。
とは言っても、みんな泳ぐんだよ。僕も最後に負けじに泳いだけど、本当に
寒かった。
僕が寒そうにしていたら、おばあちゃんに、「私たちみたいに脂肪がない
からよ」って、自分の腹の脂肪をつまみながら言われてしまった。
あんなに太るのは嫌だけど、あれなら水が冷たくても大丈夫なのかなと思って
しまった。

ここでは結構ゆっくりした。何と言っても、これが最後。あとはAlice Springs
に帰るだけ。泳いだり、ゆっくり寝そべったり、本を読んでいる人もいた。
車へ戻るとき、みんなでToddにチップを渡した。このとき袋にシャイが絵を
書いたんだけど、これが上手くてみんなに大うけだった。
Toddのイラストをコミカルに描いていた。あれは才能だね。

Alice Springsへ戻る車から見える景色は段々と現実っぽくなっていった。
何だか寂しかったね。人は多くなるし、賑やかになるはずなんだけど、
大自然から離れてしまうのがどうも寂しくてしょうがなかった。

Alice Springsでは順番に宿まで運んで行ってくれた。
YHA組は一番最後だったから、みんなと順番にお別れできた。
お別れといっても、夜もまた飲む予定だったから、「一応」の別れだけど。
(続く)
posted by nob at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 2006レッドセンター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月01日

2006年レッドセンター旅日記〜 その26 ツアー5日目A

Glen Helenを発ち、向かった先はOrmiston Gorge。
ここもそんなに観光客がいないところ。でも、景色は美しいし、歩いて
気持ちよいトレイルがある。
僕たちはいつものようにトレイルを歩いた。
しかし、ここでもおばあちゃんがやっかいを生んでしまった。

途中、池の周りで休憩をしたのだけど、そこでこのおばあちゃん、話が
止まらない。暑かったから日陰を探しながら休憩していたのに、時間が
どんどん過ぎていって、日陰の部分が狭くなってくる。そのたびに場所を
変えないといけないから大変だ。

さらに、若い僕らはさっさと歩き出したいのだ。もっといろんなところを
見たいと思っていた。しびれを切らしたJoseeがまず一人で歩き出した。
ベネッサも歩き出した。そして、僕も立ち上がって、池の周りを歩き始めた。
もうこの時点で休憩時間45分経過していた。
さすがに、僕が池の周りをうろうろし出したら、動き出した。
おばあちゃんはまだまだしゃべりたそうだったけど。

この休憩、おばあちゃんのせいで大変だったけど、はじめて会う動物がいた。
それはスティング。崖の上の方で僕らをじっと眺めていた。
かなり臆病みたいで、顔をちょこんと出しているだけ。カメラの望遠レンズ
で何とか顔を見ることができた。結構かわいい奴だ。

再び歩き出した僕らは、残りの道(ここは水場が多くてまた美しい)を
歩いてゴールしてランチタイムになった。
(続く)
posted by nob at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 2006レッドセンター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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