2007年10月12日

冷房との戦い

もう10月も半ばにさしかかろうとしているのに、冷房との戦いが
始まってしまった。
フリース着て、膝掛けを使っても寒い。

そもそも僕は冷房が嫌いだ。
人工的な風は僕の体にどうしても馴染まない。
僕の体は自然志向なようだ。

さて、僕はあと何日持つだろうか。
体の機能が崩れていきそうだ。
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2007年10月10日

31歳の抱負

30歳で見つけたこと、気がついたことをさらに深く!
そのための挑戦の年。
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2007年10月07日

秋風

「秋風」というとネガティブな意味で使われることが多い。
でも、本物の秋風は決してネガティブなものではない。

写真展に顔を出した帰り道、日比谷から自宅まで自転車で移動した。
ちょっと肌が引き締まるような、そんな秋風を感じながら走った。
この本格的な秋を予感させる秋風が僕は大好きだ。

いつの頃からか、秋になると、僕はこの秋風を探していた。
この秋風に出会えた年はうれしいし、最後まで出会えない年は寂しさを
味わった。今年はうまく出会えたようだ。

しかし、気になることがある。
出会える、出会えないは別として、その時期がずれてきている。
秋風を意識し始めた頃は、9月中旬だった。
でも、今、9月中旬にこの風に出会えることはない。
まだまだ汗ばんでいる。
僕の大好きな秋風に出会えたのはうれしいが、何だか不安も感じてしまう。

それはさておき、この秋風を肌で感じられる期間は短い。
感じられるときに、しっかりと感じておこう。
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2007年10月06日

170円のカレー

社員食堂のカレー、170円也。

今までかなり安いカレーを食べていた。
大した中身ではないけど、値段が魅力だった。
他の定食でめぼしいものがなかったときは、迷わずカレーを選択していた。
この値段だったら失うものがない!

そんな社員食堂とも今日が食べ収め。
もうこんな値段でカレーを食べることはできない。
今度の食堂では軽く倍はする。
しかも味が落ちるようだ。
残念だ。

何か新しい昼時の楽しみを探さなくては。
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2007年10月05日

窓のない部屋

窓のない部屋に30分いると、窓と心の関係について考えることができる。

僕はシステム関係の仕事をしているため、ときどき窓のない部屋に入る。
大抵、マシンがまとめて収容されているところは、窓がない。
しかも話し相手の人間すらいない。
これは、マシンにとっては最高の環境だ。
しかし、人間にとっては違う。
精神の疲労が大きい。

人間は他者との会話と窓によって、室内での心が調和されるのだと思う。
例えば、映画館はある意味、スクリーンを通じて会話が成り立つから
心が乱されることはない。窓がなくても大丈夫だ。
ところが、窓がない部屋で会話までなくなると、内なるエネルギーが
どこに向かえばよいのかが分からなくなる。
その迷いが精神の乱れにつながる。

そう、窓は人間の内なるエネルギーの進む先を導いている。
これが僕が考えた仮説だ。
ここで、他者との会話も窓もない環境で他に例はないかと考えた。
まず考えたのが独房だ。
独房は懲罰のために使われていると聞く。
僕の仮説からすると、独房では内なるエネルギーの動きが混沌として
精神に大きな負担を強いることになる。
次に考えたのが倉庫。
ときどきニュースで、左遷先として倉庫番にさせるという話を聞く。
倉庫も種類によっては窓がないこともある。
そうした環境では、独房が大きくなっただけとも考えられる。

では、窓はどんな役目をするのか。
窓は光や熱を取り込む。そして人間に対して刺激を与える。
ここから先は推測だけど、人間のエネルギーは、刺激を与えてくれた
光や熱に向かって進むのではないだろうか。
確かに、一人でいるときでも、晴れた日の窓の近くでは心が和む。
窓は物理的に外の世界と内の世界の接点になっているだけでなく、精神的
にも外の世界と内の世界の大事な橋渡しをする役目を担っている。

これが、あの30分の時間をきっかけに考えたことだ。
普段、窓のありがたみを感じることは滅多にないが、窓がない生活を
考えるとぞっとする。
窓の存在意義をもっと評価する必要がありそうだ。
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2007年09月27日

うわべ

僕が一番腹が立つタイプの人間。
それは人への対応がうわべだけの人間。

例えば、人の話に口先だけで適当に合わせておいて、実のところは、
大して話も聞いていない。うわべはまあまあだが、その場限りの適当な
受け答えだけ。

僕はこういう人間と同じ時間を過ごすのに腹が立つ。
何でこんな適当な人のために限られた時間を使わなくてはならないのか。
これは「できる限り回避しなければならない時間」だ。

うわべだけの人とはできる限り関わらない。また、自分がそういう人間に
ならないようにする。
この2点には十分に気をつけたい。
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2007年09月26日

あっ

気がついたときは、どうあがいても間に合わない時間。
完全に忘れていた。
こんな始まり方をした日が、良い一日になるはずがない。
とほほ・・・。
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2007年09月17日

数字スパイス

数字は物事を具体的にしてくれる。

例えば、6時から予定があるとする。今は5時だ。
その1時間の間に、○○と××をしなければならない。
そうしたとき、漠然と考えていると、形のない不安に駆られて焦るか、
逆に根拠のない安心感に浸ってしまい、最後に間に合わなくなるという
結果に陥りやすい。
実際の僕の行動はそうだ。どちらかの結果にたどり着いてしまい、その
中間がない。そして、やらなければならないことは中途半端になって
しまい、そのあとの予定にまでその歪みを引きずることとなる。

ここで、「1時間の間に2つやることがある」と置き換えてみる。
時間と物事のバランスが見えてくる。
2つの間の重み付けが等しいとしたら、1つのことに30分費やせると
理解できる。そうすると、その30分の中で、物事を組み立てられる。
30分という時間に対して不安を感じることがあるかも知れない。
それでも、不安の対象がはっきりしているだけ、不安が余計に広がる
心配はない。

先日、ちょっと試してみた。
自分でも驚くほど、無駄のない時間の使い方になった。
しかも、意外と余裕を持てる。
「数字はこういう風に使えばいいんだ」と思った。

数字は何も学問のためだけのものでもなく、商売のためのものだけでも
ない。生活の中でも使いどころはあるのだ。
これからは、生活のスパイスに積極的に利用してみようと思った。
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2007年09月16日

トマトといんげんときゅうり

あれだけ肩こりで重くなっていた肩が、急に軽くなった。

通算3回目の「羊をめぐる冒険」で、トマトといんげんときゅうりの
意味が分かった瞬間に。正確に言えば、「分かってしまった」かも
知れない。
本来ならば分からない方が良かったのかも知れない。
でも、僕の肩に重くのしかかっていたものが取れたんだから、分かって
良かったんだと思う。きっと、今、分かるべきだったんだ。
ついでに、「風の歌を聴け」から続く3部作が今まで以上につながった。

この本を読み終わる頃には、完全に肩こりから解放されるのかも。
そんな気がしてきた。
posted by nob at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月13日

チャンスかも

仕事でそろそろ次の動きをしようかと思って、先週から事前打合せを
始めていた。
そんなタイミングでちょうど引き合いが来た。
ナイスタイミング!

今回は受身じゃない。
仕掛ける準備をして、タイミングを待っていたところ。
これは最近不足している刺激をつかむチャンスかも。
posted by nob at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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