2007年11月13日

ジョハリの窓

ちょっとメモ。

開放の窓:自分も他人も知っている自他共に認める自分

盲点の窓:自分は知らないが他人は知っている自分

秘密の窓:自分は知っているが他人は知らない自分

暗黒の窓:自分も他人も知らない自分

「自分」は自分が思う以上に広い。
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2007年11月09日

知ること、身を処すること

知ることがむづかしいのではない。
いかにその知っていることに
身を処するかがむづかしいのだ。
〜司馬遷『史記列伝』


そう、知ること自体は何とかなる。
でも、大変なのはそのあと。
それをどうやって成し得るか。
それこそが大事なことだ。

この言葉、2008年の僕のスケジュール帳に書かれていた。
まさしく2008年の僕の課題だ。
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2007年10月17日

「さて」のあと

さて、と僕は思った。でも「さて」のあとが続かなかった。僕は思考の巨大な空白の真ん中にいた。どちらに行っても、何処までも空白だった。何にもいきあたらなかった。羊男が言うように、僕は疲れて脅えていた。そして一人ぼっちだった。森の中に迷いこんだ子供みたいに。
〜村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」


「さて」は便利な言葉だ。流れを切ることができる。そして、新しい
流れを生み出すきっかけを作る。

でも、流れを切るためにも、新しい流れを生み出すためにも、何かの
「道」がかすかでも見えればよい。

ところが、何かの「道」が全く見えないときがある。
山を歩くときに目印となる道しるべが台風にやられてしまったときの
ように、そんなときは途方に暮れるしかない。

とは言え、そんな状態が続いたところで、救いはない。
「さて」のあとが続くために、何かの「道」を見出さなくてはならない。
あるいは、「道」を作り出すしかない。
それが、個人の存在の証になるのであり、それができないのならば、
自らの存在理由が次第に薄れていくのだと思う。
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2007年09月16日

船に乗って行く
別々のところで生まれた
別々の心の
俺という数千人が
同じ船に乗り合わせて
流れて行く
〜宮本輝「道頓堀川」より


小説の一節から写真を撮ろうという宿題があったときに、この詩から
取り組んでみようと思った。
しかし、これをどう表現すればいいのかが全然思いつかなかった。
こんなに心に留まる言葉なのに、どうも消化しきれずにいたようだ。

今日、秋空の中テニスをしていた。
空に浮かぶ雲がきれいだった。
空がまるで海のような表情をしているように思えた。
そのとき「なるほどそうか!」と気がついた。
こんな身近にあったんだ。

でも、もう時すでに遅し。
たいてい、何かに気がつくのは、何かが終わった後なんだ。
いろいろなことが。
そんなものなんだなぁ。

そんな気持ちで視線をテニスボールに集中させた。
「この空に気がついただけでもいいか」と開き直って。

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2007年07月19日

最後に望む幸せ

保険会社の人から届いた暑中見舞いより

師が弟子達に言いました。
「実現したい夢は何ですか?」
弟子達は口々に言いました。
「事業の成功です」「有名になることです」「豪邸に住むことです」

師はまた言いました。
「では、あと3日間で世界が滅亡するとします。
その3日間で、あなたのしたいことは何ですか?」
弟子達は暫く考えて言いました。
「・・・仲違いしていた親のところに行って誤りたいです」
「子供達と楽しい思い出を作ります」
「最後に、あの人に『いつも感謝していた』と伝えたいです」

師は言いました。
「素晴らしいですね。でも、夢に向かってなら日々努力できるのに、
なぜ後者は残り3日にならないと行動にうつせないのですか?」
弟子達は誰も何も言えませんでした。

最後に望む幸せは、実はその気になれば、すぐにでも出来ること
なのかもしれません。


ちょっと考えてみよう・・・
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2007年04月24日

正しい道

正しい道とは、知恵と心と少しの勇気を追求すること
〜テレキネシス「オズの魔法使」より

正しい道は、知恵と心と少しの勇気を追求することで成り立つ。
裏を返せば、考えることを怠ったり、心を裏切ったり、勇気を出せずに
見てみぬ振りをしてしまえば、誤った道を進むことになってしまう。

よくよく考えてみると、正しい道を進むことは、今の社会ではかなり
ハードルが高いことなのかもしれない。
みんな多かれ少なかれ、誤った道を進んでしまう経験をしているはずだ。
もちろん僕も。

でも、「誤った道を進んでしまった」とか「正しい選択ではなかった」と
気づくものだ。そして、その気づき=後悔は結構心に深くのしかかる。
しかし、気づく段階はまだマシだ。「正しい道を歩む基準」をしっかり
持っているのだから。
一番問題なのは、感覚が麻痺して堂々と誤った道を歩みだしたとき。
もうこうなったら引き返せない。どこかの政治家みたいに・・・。

もっと「正しい道」を意識するように気をつけよう。
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2007年03月20日

人間には二種類いる

「人間には二種類いる。
立ち上がり戦う者と、とっとと逃げ出す者・・・・・・
でも一番哀れむべきは、逃げ出して魂までも失くしてしまう奴だ」
 〜テレキネシス「セント・オブ・ウーマン」より


多分、世の中をそこそこ上手く渡っていくのは後者なんだろう。
実際、そういう人たちを数え切れないくらい見てきた。
でも、そんなのは寂しすぎるし、自分自身が悲しくなる。

じゃあ、前者を選ぶべきだと言っても、誰もが選べるわけではない。
自分自身の芯となるものがないと、何に向かって立ち上がり戦えば
いいのかが分からず、空回りするだけだ。
それも悲しい。

結局、「自分をしっかり持つこと」、これがスタートラインなのだ。
そして、そのスタートラインに立って初めて、前者を選べる。

前者を選べても、まだまだ道は険しいと思う。
行く手には障害が多い。
でも、そこで得られるものは、後者を選んだときとは明らかに
違う、比べ物にならないくらい価値があるものだ。
そこにこそ、生きる価値があるのだと思う。
posted by nob at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月10日

内側から変える

「世の中がつまらなく見えるとき、それは自分自身がつまらないとき」

世の中がつまらなく見えるなら、自分自身がつまらないものになっ
ている。
世の中が退屈に見えるなら、自分自身が退屈になっている。
世の中が陽気に見えるとき、自分自身が陽気になっている。

目の前に広がっている世の中は、みんな同じはずだ。
それが、ある人にはつまらなく見え、ある人には陽気に見える。
なぜなら、世の中を見る眼の持ち主に、見え方は依存するから。
つまり、退屈に見えるのなら、それはその人が退屈な人生を送って
いるから。また、陽気に見えるのなら、それはその人が陽気な人生
を送っているから。

だから、世の中が退屈に見えることを嘆くのなら、自分自身が
変わらなければならない。世の中に失望するのもいいけど、それ
では何も解決しない。自分自身=内側から変えていかないと。
内側が変われば、きっと外側も変わってくる。
posted by nob at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月15日

信念が変われば・・・

忘れないうちにメモ。

「信念が変われば、それにしたがって行動が変わる。
行動が変われば、結果が変わる」


最近、外に原因を求めすぎていたかも。
まずは自分自身を見つめてみる。そして、受け入れる。
忘れないようにしないと。
posted by nob at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月30日

地道

「オレさ、勝負かかってるとからっきし度胸ねえの。
でもペダル地道に踏んでるとさ、苦しさがどっかいっちゃう。
勝負なんかどーでもいいかなあって思うと、登る苦しさも
楽しくなるんだよな〜!」
        〜テレキネシス「シェーン」より


大事なときこそ地道に進むのが大切。
度胸、気合だけで、物事を乗り越えられるわけではない。
度胸や気合は、基盤がある程度整っているときに、役立つものだ。

一つ思い出すことがある。
今年のGWに北海道を旅していたときのこと。
屈斜路湖から摩周湖までの道をMTBで走った。
きつい坂がずっと続き、心が折れそうになった。
別に勝負事ではなかったし、引き返そうかとも思ったほどだ。
でも、自分に負けたくはなかった。
だから、ひたすらペダルを漕ぎ続けた。
途中、何度か降りてしまったけど、気がつくとかなり高い所まで達していた。
自分が頑張ってきたことを実感して、新たな力が湧いてきた。
そして、摩周湖にたどり着いたときの達成感、あれは忘れられない思い出だ。

2007年もいろいろなことが待っていると思う。
当然苦しいこと、嫌なこともあるはずだ。
そういう苦しいときにこそ、足元をしっかり、地道に進んでいこう。
そうすれば、きっと物事が上手く進んでくれると信じて。
posted by nob at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩・ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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