2007年10月11日

ボルベール(帰郷)

母親の逆境で発揮する強さを感じさせる作品だった。
この映画は、描写も役者の演技も素晴らしかった。
また、その描写と演技が上手く組み合わさっていて、完全に映画の世界に
引き込まれた。

僕は本来、女性を賛美する作品は好きでない。
でも、この作品は好感が持てる。
またレンタルして観てみたい作品だった。
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サン・ジャックへの道

何かをやるとき、その過程が苦しければ苦しいほど、やり遂げたときに
得るものは大きい。
なぜならば、人は苦しければ苦しい状況に追い込まれるほど、自分自身
と向き合う。結局、人が成長するのに必要なのは、自分を知り、自分に
克つこと。だからこそ、自分自身と向き合う必要があるのだ。

「サン・ジャックへの道」を観ていて、OBSでの5日間を思い出した。
あの時感じた体の底から湧き上がる達成感に似たようなものを映画から
も感じ取れた。またその過程の意義も。
そして、改めて思い返すと、あの5日間は自分自身の支えになっている
と再確認した。
あれから2年5ヶ月が経ったけれども、未だに心の中に熱く残っている。
その間、辛いことは幾度となくあった。それでも、あの5日間を経験
する前よりも、比較的容易に乗り切ることが出来ている。

実は、この映画は観る予定ではなかった。
何しろ時間に間に合うか分からなかったから。
しかし、Y氏から「観たほうがいいですよ」と言われて、急遽観ること
にした。そのために駅まで走ったほど。
その甲斐は十分にあった。Y氏に感謝。
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2007年09月16日

ミルコのひかり

子供達の演技がまぶしい映画だった。
その演技が映画に力を与えていたと思う。

ただ、「ニューシネマパラダイス」や「ライフ・イズ・ビューティフル」
に「並ぶ」イタリア映画とまではいかなかった。
「次ぐ」といったところだろう。
あの2つに肩を並べるのは、並大抵の映画では不可能だ。
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2007年09月06日

シッコ

もしも僕がアメリカで生まれ、生活をしていたとしたら、果たして今まで
無事に生きてきただろうか。
自信を持って「Yes」とはとても言えない。

普段、給料からいつの間にか徴収されている健康保険料。
「結構取られているなぁ」と思うこともあるけれど、こういう制度が
あってよかった。
確かに民間の保険会社もある。しかし、民間の保険会社は利益を出すこと
が求められる。
そうすると、どうしてもあくどいことを考える人が多くなってしまう。
政府がそういうことを後押ししてくれたなら尚更だ。

以下は映画を観ながら、頭の中を駆け巡ったこと。

本当に日本人でよかった。アメリカ人でなく。
アメリカに行くときは、かなり高めの保険を用意しよう。
そして、そのときはアメリカの保険会社は避けよう。
政治家に騙されないようにしよう。彼らは嘘をつくのがうまい!
もしかしたら、日本も危ういかも。

この映画を観て、本当に良かった。
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2007年09月05日

今宵、フィッツジェラルド劇場で

「閉まる扉と、開く扉」
この映画は、ロバート・アルトマン監督が人生の最期で、「人生って
こういうものだったんだ」と発見して作った映画なんだと思う。

だらだらと流れる無駄な時間、突如訪れる出来事、後悔、喜び・・・
そんなものが詰まっていた。
だから、正直最初は退屈だった。
席を立つ人がちらほらいたのも分かる気がする。

でも、僕が考えている通り、監督が人生を作品の中で語っているのなら
あの退屈な時間は必要だったのかもしれない(しかし、あの調子の会話
は日本人にはより一層退屈に思えてしまう)。

途中からは、体の力が抜けて、自然と観ることができた。
そして、妙に落ち着いた気分になった。
悩みも迷いも小さなことなのかもしれないと思えてくる。
でも、監督の本当の境地に達するのは、何十年後なのか分からない。
まだわかんなくていいんだと思う。

ところで、この映画を三谷幸喜が作ったら、全然違ったものになると
思う。例え、メッセージは同じでも、見せ方は全く異なる。
ロバート・アルトマンには失礼だが、何だか三谷幸喜の作品を観たく
なってしまった。
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2007年08月26日

華氏911

僕はブッシュが大統領になってから、アメリカが嫌いになった。
なぜなら、ひたすら自分のためだけに政治をしているように思えて
ならなかったからだ。
よくもあんな人間がアメリカの大統領をやっているかと考えると、アメリカ
人が分からなくなってばかりだった。

この映画はアメリカの良心なんだろうか。
そこまでは行っていないかもしれない。
ただ、ブッシュとアルカイダとの切っても切れない繋がりを証明するのには
成功している。
また、今の政治がさまざまな矛盾の上に成り立っていることもよく理解
出来る内容となっている。
あれだけ例示になる事象が多いと、理解せざるを得ないというところかも
しれないけど。

とはいうものの、アメリカの良心までは感じられなかった。
問題点は嫌というほど分かった。
できることならば、その先が欲しかった。
そんなに簡単な問題ではないとは思うが、僕としてはどうしても良心を
感じたかったのだ。
それは次の映画「シッコ」に期待するかな。
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2007年08月25日

さくらん

この映画の予告編はイマイチだった。
何か安ぼったい、ただのお色気映画だろうと思ってしまった。
そのせいか、観客の数も少ない。

しかし、映画自体は良く出来た内容だった。
一つ一つのシーンに無駄がない。
あとでそれぞれのシーンを思い返してみると、なぜそのシーンを入れた
のかがしっかりと感じられる。

中でも特に良かった描写は、花魁を金魚の対比。
金魚は金魚鉢の中で生きている分には美しいが、外に出たらそうはいかない。
花魁たち吉原の女たちもそう。
その悲哀の表現の仕方がとても印象的だった。

ここでちょっと考えてしまった。サラリーマンも同じではないかと。
会社の中ではそれなりに生きていけても、それが外の世界で通用するかと
言えば疑わしい。
外の世界で生きていくためには、自分自身でその道を開拓しなくては
ならない。
この夏から秋にかけて、頑張ろうとしていること。
それは外の世界で生きていくために必要なこと。
もしかしたら、金魚鉢の大きさを大きくするだけかもしれないけど、
今のままじゃだめだ。
この映画を観て、やる気が出てきた。
posted by nob at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月20日

あかね空

豆腐一筋の職人とその一家を通して、「家族」を描いた作品。
江戸を舞台にしていることもあり、非常にテンポのいい作品だった。
また、傳蔵親分の役割といい、人情が全面に出ているのも、観ていて
気持ちよかった(しかも、くどくない)。

家族って時には窮屈なものだけど、やっぱり最後の拠り所なんだって
改めて感じた。
それは江戸も現代も変わらないはず。
このテーマは普遍的なものなんだろうなあ。
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2007年08月08日

善き人のためのソナタ

前から観たいと思っていた作品。とうとう観た。

人間が自由な感情を持つことの許されない国で、思想をコントロール
し続けていた人間が、人間としてのあるべき感情を呼び戻す過程を
描いた作品だった。

この作品は、ハリウッド作品のような派手さはない。
かなり「静かな」作品だ。
しかし、決して退屈することはない。
常に緊張感が漂っている。
その緊張感を生み出しているのは、ストーリーというよりも役者達の
演技力だと思う。
同じストーリーでも、役者の演技次第では、全く違った作品になり
兼ねない。もしかしたら、日本で公開すらされなかったかも知れない。
それだけ、演技力が光っていた。

この主演俳優が先日胃がんのため、亡くなったそうだ。
彼の演技力を新たに観ることができないのは悲しいことだ。
でも、あの演技は簡単に忘れることはできないと思う。
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2007年07月01日

武士の一分

テンポの良い時代劇だった。
でも、ちょっと軽かったかなぁ。

まあ、とにかく「武士の一分」とは何かということは、少し分かった。
それは譲れないものだということも分かった。

多分、山田監督が言いたかった「現代日本人の一分」については、
考えなければいけないことだと思う。
早い話、「日本人の常識」はしっかりと持たなければならないと思う。
posted by nob at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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