2008年01月13日

中東の笛

ここのところよく耳にしていた「中東の笛」。

先日、そのシーンをテレビで見た。
すぐに怒りが込み上げて来た。
悔し泣きをする選手の無念さが伝わってきて、苦しかった。

そもそもスポーツはルールに則ってやるもの。
それが、それぞれのスポーツの存在を支えている。
また、ルールがあるからこそ、明確な目標ができるし、楽しみも生まれる。

なのに、大一番の試合でルールがなくなる。
もしくはオイルマネーで歪められたと言った方が正確かもしれない。
選手達は何を信じて戦えばいいのかが分からなくなる。
それまでの苦しい練習の積み重ねが、何か分からないものに覆される。
これでは、悔しさや無念さの気持ちのやり場すらない。
あの涙は行き場のない涙だったと思う。
行き場のない悔しさほど悔しいものはない。

今までハンドボールには興味がなかった。
周りでやっている人もいないし、観る機会もなかったから。
だけど、今回の騒動で興味を持った。
にわかかもしれないけど、「応援したい」と思った。
そして、あの悔しい涙が喜びの涙に変わるところを観たいと思った。
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posted by nob at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月12日

箱根駅伝

箱根駅伝では、3校が途中棄権した。
体に異常を起こしてしまったランナーを見るのは辛かった。

彼らは恐らくとても大きなプレッシャーと戦っていた。
それもとても長い間。
そして当日・・・
きっとスタート前から体は異常を感じていたと思う。
でも、選手はそれを信じたくなかっただろうし、それでも乗り越える
気持ちで走り始めたんだろう。
でも・・・

選手の苦悩は倒れたときよりも、その後の方が長いと思う。
何日も何日も考えたくなくても、それしか考えられないときを過ごしている
んだと思う。
もしかしたら、走ることすら怖くなっているかもしれない。

僕もテニスの試合で悔しい負け方をすると、「何であのポイントを取れなかった」
とくよくよ考えてしまう方だ。
そんな夜は眠れないし、しばらく考えてしまう。
でも、駅伝選手の苦労は、僕なんかの比にはならないものだ。
選手に選ばれるためにも、そのあと、結果を残すためにも、多くの苦境を
乗り越えなければならない。
きれい事だけの世界ではないかもしれない。

だから、その苦しみの深さも半端ではないと思う。
何とかその苦しみを乗り越えて、またテレビに映るような活躍をして欲しい。
別に、ランナーとしてでなくてもいい。
どこかの地で活躍してくれたら嬉しい。

今回の箱根駅伝は、見ていて本当に辛かった。
また、そんな彼らの気持ちを分からない無責任な実況をしているレポーターに
腹が立った。
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2008年01月10日

中米の旅 番外編C価値観

エジプトを旅したときもそうだった。
価値観が壊された。

今までは、何だかんだ言っても、楽して旅できるところが多かった。
欧米的なものは、身近な存在だけに安心できる。
たとえ、ちょっと危ないものでも、その危なさを想像できる。

でも、世の中はそれだけじゃない。
今まで目にしてこなかった世界があった。
自分としては知っていたつもりの世界だけど、何も知らないに等しかった。
そこでは、僕たちの考えている価値観は簡単に壊される。
そして、この世界は、実は多数派なんだ。

そこは楽ではない世界だけど、希望もあった。
知ったからには、この先もしっかりと目を向けて行きたい。
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2008年01月09日

郵便屋さん

コスタリカで預かった手紙をやっと届けられた。
船便並みだなあ。随分、時間が掛かってしまった。
でも、確実に渡しました。

海を越えて気持ちが伝われば、郵便屋さんとしてはうれしいよ。

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2008年01月08日

備忘録

最近、うっかり忘れかけていたこと。

@僕らの仕事に障害はつきもの
A障害は障害だから、いつ起きるか予測が難しい
Bリカバリに許される時間は限られている
Cさまざまな選択肢を用意しておく
D何といっても冷静に

今回は違ったけど、いつ自分の身に降りかかるかは分からない。
今のうちに、もう一度心に留めなおしておこう。
特に、CとD。
ふー。
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兄弟

コミュニケーション続きで。

年明けに、弟が一時帰国した。
留学先のインドネシアから。

小さい頃は、よく喧嘩した。
弟の泣き顔はよく覚えている。
そりゃ、年の差は体格の差だから、泣かしちゃうんだよね。

その後、中学、高校と進むにつれ、段々会話が少なくなった。
大学に入ると、生活パターンが重ならないことが多くなったから、顔を
合わす機会もかなり少なかった気がする。

ところが、最近はよく会話する。
弟がときどき旅をするようになってから、少し増えた。
もともと僕は旅好きだったから、段々共通項が増えた。
そして、弟が留学して、一時帰国すると、結構話が弾むようになった。
僕も最近、新興経済国と言われる地域や、発展途上国を回ったことで
それぞれが感じた、その辺の価値観の違いを語ることもある。

もうすぐまた留学先に戻るけど、こういう話が出来るようになったのは
うれしいことだ。
お互いの思うところを話し合えるのは刺激になる。
それに、何だかんだ言っても、同じ血が流れている兄弟だしね。
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2008年01月07日

コミュニケーション

今年に入ってまだ1週間。
でも、いろんな人と話した。
その一つ一つは、とても印象に残るものばかり。
中身が濃かったのかなあ。

今日も帰りの電車で、元上司と話した。
僕が8年間勤める中で、2人しかいない「こういう上司になりたい」と
いう人。あの冷静な視点と論理的な思考、人の扱い方は、是非とも見習い
たいところ。
今日話した内容も、やっぱり刺激がある。
「もっと仕事をして、前に進みたい」と思えた。

また、最近連絡とってなくて、どうしているか気になっている友人にも
思いがけずに会った。
相変わらず、波乱万丈な人生を送っているけど、あの生きる姿勢には
感心するばかりだ。
ものごとを引き寄せる力を自分自身で作り出しているからなあ。

今年もこの先、いろんな人たちとコミュニケーションを取って、刺激を
受けたり、自分にない価値観を吸収したいなあ。
そういえば、先日年賀状を整理しているときに、就職活動中お世話に
なった人からも、似たようなことが書いてあった。
やっぱりそうなんだ。

うーん、年賀状を振り返ると、学ぶべき点が結構多いなあ。
取っておいてよかった。貴重な財産かも。
そして、これも人とのコミュニケーションの歴史なんだよなあ。
面白いもんだ。

(今日の反省点:あそこで言うべきでない言葉があったなあ。
受け取り手に誤解される恐れあり。こういうところは、コミュニケーションの
弊害になるから、気をつけないと)
posted by nob at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

続・ドキュメンタリーで泣いた

寝ながらちょっと冷静になって考えた。
「激流中国 5年1組小皇帝の涙」で取材できたところは、もしかして
かなりマシなところだったんじゃないだろうかと。

昔から中国の取材は難しいと聞く。
だから、テレビで映ったのは、「見せられる部分」だったのかも。

そういえば、先生がテレビを意識していたのが、ちょっと気になった。
もしカメラがなかったら、子どもが自分の意見を言う機会を与えてもらえた
のだろうか。
そう考えると・・・。
posted by nob at 06:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ことば

何で優れた詩人がことばを紡ぐと美しいリズムが生まれるんだろう?

何で優れた小説家がことばを組み合わせると、僕たちがあたかもその世界
にいるかのように誘ってくれるんだろう?

何で優れた噺家がことばを話すと、あんなに面白い笑いを生み出すんだろう?

誰もが使えることばの素材は同じだけ持っている。
少なくとも基本部分は。
だけど、それを使う場面、組み合わせを変えるだけで、同じような言葉が
ときにはダイヤのように光り、ときには太陽のように輝く。

それにひきかえ、僕はことばの使い方に苦戦する。
下手すると、伝えるべき最低限のことまで、伝えられないときもある。
本当にことばは難しい。そして、奥が深い。

日本語でさえ、こんな状況だ。
旅先で何度苦い思いをしただろうか?
伝えたいことを伝え切れなかったことが何回あっただろうか?

でも、今は多くのことは望まない。
少なくとも日本語では伝えたいことを伝えきれるようになりたい。
そのためには何から始めればいいのかな。
やっぱり、「心」かな。
ことばは「心」を伝えるためにあると思う。
ということは、伝えるべきその「心」が弱くちゃ話にならない。
だな。
posted by nob at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月06日

ドキュメンタリーで泣いた

NHKスペシャルで放送された「激流中国 5年1組小皇帝の涙」。
NHKスペシャルと言う枠で考えても、ドキュメンタリーと言う枠で考えても
泣いたことなんて記憶にない。

子どもたちの涙ながらの親への訴えには我慢できなかった。
泣いた。
あんな環境で生活しなければならないとしたら、と自分のことのように
考えた。
親との会話も成績のこと、学歴のこと、競争のことばかり。
友だちとも遊べない。友だちも選ばなくてはならない。
最後の子どものセリフ
「明日仮病をつかって家にいられたら・・・
でもそんなことできません。
歯を食いしばって勉強するしかないんです」
「政府が子どもの学業の負担を軽くするというけど、
かばんは重くなるばかり。何も変わらないんです」

これは小学校5年生がいうセリフ?
そんな環境で育った先にあるものって何?
将来、小学生の頃を振り返って、何を思うんだろう?

僕たちの世代も、日本では詰め込み学習とか言われた。
成績が大事だった。
でも、気が狂うような勉強はしなかった。というより、する必要なかった。
いろんな友だちと遊んだ。そして、友だちと遊ぶ中で、いろんな刺激を
受けた。当然、「友だちを選ぶ」なんて発想もなかった。
小学校は勉強以外にも、多くのことを学ぶ場だった。
そりゃ嫌なことだってあった。
しかし、中国の子どもたちの例を見て、僕たちは恵まれていたと思った。

番組を見ながら、当時のいろんな友だちのことを思い出した。
みんなでドッジボールをしたり、校舎の裏庭で遊んだり、野球したり、
先生への抗議行動で授業をボイコットしたり。
楽しい思い出ばかり出てくる。
そういえば、この前年賀状を整理しているときに、小学校3年生のときの
クラス写真が出てきた。
僕たちの顔は生き生きしていた。
今はみんなどうしているか分からないけど、僕にこれだけの思い出を
今でも残してくれているみんなに感謝したい。
この環境で育った僕は幸せだ。

このテレビに出てきた子どもたちの環境が変わってくれることを願うばかりだ。
こういう番組が何かのきっかけになってくれれば。
それに彼らと僕たちは無関係ではない。
いつの日か共に仕事をするかもしれない。
そう思えばこそ、ますます彼らが気になって仕方がない。
posted by nob at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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