2007年12月23日

中米の旅 〜 その5 サンホセ市内

バスが到着すると、アメリカ人3人組とお別れして、タクシーを拾った。
まずは、午後のモンテベルデ行きのバスチケットを買っておきたかったからだ。
タクシーで移動したのはたったの6ブロックだったけど、初めてでしかも
荷物を担いで歩くのには、ちょっと厳しそうなところだった。

モンテベルデ行きのバス停は、他の行き先のバスも集まっている。
「チケット」の文字を見つけて行った最初の場所は、違う行き先だった。
そのチケット売り場の人が、モンテベルデ行きのバス停をスペイン語と
身振りで教えてくれた。
しかし、またしても迷ってしまう・・・。
もう一度、聞きに行くと、その場所まで案内してくれた。
バスで隠れてその場所が見えなかったんだ!なるほど。ありがとう。

無事にチケットを購入し(購入に立ち会ったのはタクシードライバーだった)、
レストランに向かうことにした。
先ほどのタクシードライバーがいたので、お願いしようとしたけど、
「2000コロン」などと吹っかけてくる。
僕の事前勉強によれば、どんなに遠くても中心街だったら、1500
コロンがマックスのはず。
「メーターを使ってくれ」と言ったら、「ない」と言う。
交渉のしようがなかったので、諦めた。
そうすると、違うタクシードライバーが寄ってきた。
スペイン語で何を行っているかわからなかったので、金額を紙に書いて
もらった。すると「1500コロン」。
ここでも、「メーターを使ってくれ」と言った。
メーターは「マリア」というそうで、それだけは覚えていた。
しかし、こいつも「ない」と言う。
他にタクシーが見当たらなかったので、諦めてこのタクシーで移動する
ことにした。
タクシーに乗ってみると、本当にメーターがない。
多分、正規のタクシーじゃないんだろう。

タクシーで向かった先は、「Nuestra Tierra」。
友達から教えてもらったレストランで、コスタリカらしい食事をできる
ということだったので、ここにした。

この店に着いてみると、英語が通じる!
コスタリカ伝統の朝食ガジョピントと注文してみた。
さて、ガジョピントだけど、ご飯が油っぽい。かなり。
全部は食べられなかった。
しかも、時差ぼけに襲われ、目が回るし、気持ち悪いしで、結構辛い
時間帯だった。

この店ではかなりゆっくりして、その後何をするかを考えた。
目の前の国立博物館に行くか、中心部のコスタリカ中央銀行博物館に
行くかを考え、後者にした。
理由はせっかくだったら、中心部に行って見たかったから。

店を出て、歩いて博物館に向かった。
10分くらいで着き、荷物を預けて見学を始めた。
この博物館では、コスタリカの歴史とそれにまつわるお金の歴史を勉強
することができる。
時間はたっぷりあったので、じっくりと見学した。
これからコスタリカを旅行するに当たって、よい勉強になったと思う。

2時間くらいゆっくりして、バス停に向かうことにした。
しかし、ここでピンチ。
流しのタクシーがなかなか捕まらない。
みんな客を乗せている。
バスに間に合うかちょっと不安になる。
ちょうどそのとき、タクシーが人を降ろしているのを発見。
急いで駆け寄り、乗らしてもらった。
いやあ、うまく捕まえられて良かった。
その先は渋滞が酷かったから、あのまま捕まえられなかったら、結構
やばかったかも。
今回はちゃんとメーターを使ってもらい、840コロン。
やっぱりさっきはぼられた。
(続く)
posted by nob at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007中米の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月22日

中米の旅 〜 その4 サンホセへ

出口を出ると、タクシードライバーの強烈な客引きが待っていた。
ちょっとはタクシー乗ろうかなあという気持ちもあったけど、一気に失せた。

とりあえず、翌週のニカラグアへのフライトのリコンファームをした。
ただ、あるタクシードライバーにロックオンされて、やたらと付きまとわれた。
リコンファームが終わって、外に出るとまたそいつがいる。
奴「サンホセの郊外も案内するよ」
僕「市内にはバスで行きますので」
奴「市内はどこまでいくの?」
僕「バス停まで」
奴「どこのバス停?」
僕「モンテベルデへのバス停」
奴「そのバス停は空港からのバス停と離れているよ」
僕「知っている」
奴「△×■・・・・(セールストーク)」
僕「ところで、バス停はどこ?」
奴「(明らかに機嫌悪くして)左の方に歩いていけばあるよ」
僕「ありがとう」

やっと客引きを振り払ったが、バス停はすぐに見つからない。
迷っているとTACA航空の人が教えてくれた。
スペイン語オンリーだったから、大変だったけど。
エジプトでもそうだったけど、英語できる奴は怪しいものが多いのは
共通しているようだ。

さて、空港から市内へのバス。
どれに乗っていいのか非常に分かりにくい。
「アラフエラ−サンホセ」という表示になっているバスに乗ればいいと
いうのは、地球の歩き方で勉強していた。
しかし、「サンホセ−アラフエラ」という表示まで併記されているバスが
やってきた。
どっちが本当なんだろう。
一緒にバスを待っていた、アメリカ人と一緒に運転手に「サンホセ?」と
聞いてみた。
「Si」と言っているので、僕達はバスに乗り込んだ。
少なくとも入国したばかりの人間には分かりにくい。

市内までは30分弱。
普通の路線バスだから、途中でも乗り降りが結構多い。
バスの中では、先ほどのアメリカ人3人組と話をしていた。
彼らはコスタリカ2回目だそうで、サンホセに1泊した後、ビーチに
向かうと言っていた。
そのうちに一人が日本に来たことがあるそうで、
「郵便局はどこですか?」という日本語を披露してくれた。
国際キャッシュカードを使えるのは、以前は郵便局だけだったからかなあ。
意外な日本語を聞いて、ちょっとリラックスできた。
(続く)
posted by nob at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007中米の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

その1の結果

秋の3つの目標のうちの一つ目。
結果は、○。
ギリギリだった。
でも、ギリギリだろうが、完璧だろうが、結果は一緒。
よしっ!
posted by nob at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月21日

中米の旅 〜 その3 コスタリカ到着

飛行機が出発する頃、日付が変わってました。

2007年12月8日(土)

飛行機が出発したのは、ロサンゼルスで0時30分。
目的地のコスタリカ、サンホセは2時間の時差があるから2時30分。
真夜中だ。
なのに、出発してしばらくして夕食の時間。
寝られない。
しかも、ロサンゼルスから来たという隣の人は、寝相は悪いし、トイレに
行きたがるし、話しかけてくるしで、僕が寝る余裕はない。
飛行機が到着して、「よく眠れた?」と声を掛けられたけど、「このやろう」
と思いながら、「Yes」と言ったよ。

サンホセに到着したのは、予定より2時間ほど遅れた8時半頃。
バスでゲートまで移動した。
空港の風景は、山に囲まれたなかなか良いものだった。
朝だということもあるかもしれないけど、かなり涼しい。

この国の入国審査はあっという間だった。
質問もなし。ただ、スタンプを押してもらっただけ。
なぜかスタンプは逆さまに押されたけどね。

ATMで現金を下ろして、荷物受け取りへ。
荷物は今までにないくらい、あっという間に出てきた。
Priorityタグをつけても、こんな早く出てこないというくらい早く出てきた。

このあと税関に向かったのだけど、ここで引っかかった。
X線に荷物を通すのだけど、呼び止められた。
ちょっと隅っこに連れて行かれて、荷物を開けさせられる。
日本酒や味噌、もちが引っかかったのかと、ちょっと焦る。
しかも、この税関の人、英語しゃべらないんだよね。
このとき、味噌の匂いがもれていることを発見。
潰れてしまっていたようだ。
荷物検査の結果、特にとがめられず、解放された。
しかし、他の乗客はこんな検査受けていない。
僕だけだ。そんなに怪しいのかなあ。
不安を抱えて、コスタリカに入国した。
(続く)
posted by nob at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007中米の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月20日

中米の旅 〜 その2 ロサンゼルス国際空港

飛行機の中は寒かった。
手荷物の中にフリースを入れておいて助かった。
いくらブランケットがあったって、あれは寒いよ。

飛行機の中では、機内食の組み合わせが印象的だった。
カツ丼とすしとサラダとパンとケーキ。ありえない。
しかも、ケーキ甘すぎ。どういうセンスをしているのだろう。
呆れてしまい、眠気も襲ってきたので、このまま寝てしまった。

ロサンゼルスには予定よりも早く到着。
しかし、ゲートが空いていないとのことで、暫く待たされる。
結局ゲートに到着したのは、ほぼ予定通りの時刻。
ロサンゼルスの空港はかなり混雑しているようだ。

入国審査はそんなに待たずに終わり、税関チェックを受けた。
乗り継ぎだと言ったら、あっさりと通してくれた。順調だ。
再び荷物をチェックインして、出国のセキュリティチェック。
入国して即出国。
この手続きはバカバカしいと思う。

ちなみに、ロサンゼルス到着は9時40分。
次の僕の飛行機は23時発。
とてもとても長い時間が待っていた。

そこで、再びラウンジへ。
成田でロサンゼルスのラウンジ入場券をもらっておいたので、迷いなく
入った。
ところが、アメリカのラウンジは、食事が有料。
僕の計画では昼、夜をここで無料で食べることになっていたが、頓挫した。
無料で食べれる物は、クッキーとプルーンくらい。
もう、クッキーとプルーン、コーヒー、紅茶で凌ぐことにした。

このラウンジがまた寒かった。
外は15度くらいだというのに冷房をつけている。
この寒さとプルーンに僕の腹は機嫌を悪くしてしまった。
まさかロサンゼルスで下痢に苦しむとは思わなかった。

胃腸薬で抑えて、成田で買った小説を読んだ。
あまりにも時間がたっぷりあったので、村上春樹の方は終わってしまい、
宮部みゆきの方もあと数十ページというところまで読んでしまった。
本当に時間がありあまっていたのだ。

そのほか、持っていた書類とかにも目を通していたけど、それでもまだ
時間はたっぷりあった。

ラウンジに入って、12時間近く経って、搭乗時間が近くなったので、
ゲートに向かった。
40番ゲートだったのだけど、同じゲートの前の便が遅れた。
そして、自動的に僕の便も遅れることになった。
結局予定より1時間半遅れで出発した。
いったい、僕はロサンゼルスで何をしたんだろう。
待って、腹壊して、本読んで、さらに待って・・・。
まあ、今思えば、このくらいの遅れはかわいいものだったかもしれない。
(続く)
posted by nob at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007中米の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中米の旅 〜 その1 出発

2007年12月7日(金)

成田空港には出発の2時間半くらい前に着いた。
ちょっと時間が早かったため、アメリカン航空のチェックインカウンターは
2つしか開いていない。
まあ、待っている人も大していないから問題ないと最初は思った。
しかし、ファーストクラスやビジネスクラスが優先。
そういう人たちはちょくちょくやってきて、エコノミーはなかなか列が
短くならない。むしろ、列は長くなる一方。
結局、出発2時間前になってカウンターの数が増えて、やっと僕の番が
やってきた。

実は、こういう「待つこと」。今回の僕の旅の特徴。
でも、このときは、まさかこれが序章になるとは思っていなかった。

それはさておき、チェックインが終わり、買い物、両替をして、出国手続き。
しかし、出国手続きをしてから、文庫本を買い忘れたことに気づく。
旅に文庫本は欠かせないから、サテライト館にまで足を運んで購入。
今回買ったのは、村上春樹の「東京奇譚集」と宮部みゆきの「返事はいらない」。
これで、やり残したことはないはず。

まだ搭乗時間までは1時間以上あったので、アメリカン航空のラウンジへ。
今回、オンラインで航空券を購入した。そしたら、特典で往路のラウンジ
利用サービスがついてきたのだ。
すしロールを食べながら、スペイン語の勉強。
置いてある食事もそうだけど、利用者はアメリカ人ばかり。
聞えてくる会話も英語。行儀の悪さもアメリカ。
もう日本を離れてしまったかのような気がした。
このラウンジ、できたばかりのようで、置いてある家具類は新しいもの
ばかり。なかなか良いところだった。
(都度利用するときは50ドル必要)

搭乗時間になり、ゲートに向かった。
機内に入ると、僕の座席の隣は誰もいなかった。ラッキー!
ところが、エコノミーの席に先ほど、ビジネスの列に並んでいた外人を
発見。奴のずうずうしさも腹立たしいが、外人だったら許す航空会社も
腹立たしい。

飛行機はロサンゼルスに向けて、予定通り旅立った。
(続く)
posted by nob at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007中米の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月06日

まるで初めての・・・

まるで初めて海外旅行に出るときの気分。
エジプトもアラビア語の世界だったけど、今回はスペイン語の世界。

言葉の不安もあれば、治安の不安もある。
どうも最近、治安の状態がよろしくないらしい。
まあ、日本もかなり悪くなっている気がするけどね。

さて、当面の目標は、コスタリカのサンタエレーナという町のバス停で
友達と待ち合わせをすること。
コスタリカの首都サンホセの空港に着いて、中心街に出て、バス停を
探して、バスのチケットを買って、どこかで昼飯を食べて、そして
バスに乗ること。
大したことをするわけじゃないんだけど、荷物を全部持って行動する
のは重いんだよなあ。

でも、苦労する旅は思い出も深いものになるはず。
できるだけの準備はして、あとは楽しむのみ。
わくわく、どきどき、どきどき、わくわく・・・。
posted by nob at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月04日

紙一重

北京オリンピックへのアジア最終予選。
韓国戦も台湾戦も紙一重の戦いだった。
韓国戦はスコアが物語るように、1点差の際どい戦いだった。
台湾戦は、スコアは10−2だったものの、一時はリードを許して
どちらに転んでもおかしくない展開だった。

この紙一重の差を分けたのは、気持ちの強さだったと思う。
選手も監督もコーチも、必死に声を出していた。
正直、あんなに必死になって声を出している姿を普段見たことがない。
テレビ越しに見ている僕ですら、その気持ちの強さを感じるのだから、
相当のものだったのだろう。

精神論はこの時代には敬遠される。
だけど、最後に何かを決めるのは、気持ちだと思う。
それはいつの時代でも変わらない。
それを改めて感じた。
posted by nob at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

MAGNUM PHOTOS マグナム・フォト 世界を変える写真家たち

テレビ、そして最近のインターネットの普及。
報道写真のあり方、取り巻く環境は急速に変わっている。
その中で、いかに存在感を示すか、他にないものを作るかにもがいている
姿を描いた映画だった。

新聞報道などで使われる写真は、スピードが求められる。
質は二の次だ。
でも、本当に印象に残る写真は違う。
世界報道写真展や月刊誌などで見る写真は、それだけで十分なメッセージを
持っている。ときには、文章が要らないほどだ。
そして、いつまでもその印象が消えない。

しかし、同時にどれだけの人がそういう写真を求めているかと言う現実
もある。
大量消費の世の中で、写真もそういう風に扱われていると思う。
その中で存在感を示すのには、まとまった力が必要となる。
さらに、まとまった力をどういう推進力で動かすかも重要だ。

マグナム・フォトを通して、そんなことを主張していると感じた。
ただ、構成のメリハリが足りないせいか、ちょっと眠かったかなあ。
posted by nob at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月03日

イタリア式恋愛マニュアル

「出逢って」、「すれ違って」、「よそ見して」、「棄てられて」という
4つの話でつむぐ、可笑しいけど、温かい映画。

ただ、それぞれの話について、観る人によって、受け止め方は違うと
思う。一つ一つの状況は非常にリアルなもの。だから、「当事者」に
とっては、複雑な気分になるかもしれない。

僕がこの映画を観る前に、先に観た、映画仲間のY氏はこの映画をそんなに
評価していなかった。
Y氏にとって、「棄てられて」の結末はちょっと気に食わなかったようだ。
「現実は甘くない」と言いたいようだった。

こういう観る人によって、印象が大きく変わる映画って言うのも、
いろんな感想を聞けて面白いかもしれない。
posted by nob at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。